潔いオチ

久々にSimpleネタを。今回はオチに意味がある。

上記リンク先にある記述は、「現在の恋愛という概念は政治的に分析したほうが構造として分かりやすいから、もし論理的に恋愛を理解したいなら政治的発想で挑みなさい」という内容であると言っていいだろう。それ自体は「何を今更」という感じだ。だがSimpleの著者であるYas氏は最後にこう付け加えている。


「恋愛するならまず政治学を学べ」と。

恋愛というものが見えてくる。

そしてきっとモテなくなる。

最後の一文が素晴らしい。まぎれもない事実なのだ。

女性にとって必要なのは「統計学政治学的に見て正しいとされる概念を押し付けられること」ではない。女性は自分に対する共感、自分にとって都合のいい快感を与えてくれる存在を求めている。ただ怠惰な女性はとにかく養ってくれつつ自分の振る舞いに文句を言わない男を求め、「自分の存在意義」を確認したい女性は何らかしらダメな部分がある男を自分が支える(例えば掃除ができない男の身の回りを世話してやるとか)によって自分が寄り縋れる場所を確認するといった具合だ。

これらを考慮すると、政治学的に恋愛を解析して「世に正しいと評価される姿」を以って挑んでくる男は女性にとって「自分のご都合に沿わない」可能性が出てくる。というか、実際はそのほうが多いのだ。というのも、政治的発想とは「世の多数に肯定される姿を基準とする」ことであり、「女性を尊重する」ことではない。つまり、女性のワガママが世に否定されるに値するものであれば、政治的に恋愛を捉える男性はその女性を否定してしまえるのだ。この時点で、もはや女性にとっての共感は得られない。食い扶持その他の面で妥協できる範囲であれば女性側が折れてしぶしぶ従うだろうが、こうした不満の鬱積は次第に確執を生み、次の御都合先を探すきっかけとなるだろう。

では問おう。こうした女性の傾向から見て、政治的に恋愛を捉える男性はモテるだろうか?

否。

そういうことだ。これだけまわりくどく説明しなければいけないことをたった一言で集約したYas氏に乾杯。