インターネットによって露呈された大衆の弱さ

小寺信良氏の "コミュニケーション衰退に見るIT時代の終焉" より引用。


IT革命により誰もが情報を発信できる、1億総クリエイター時代の幕開けだなどという話は、ただの妄想だ。実際に起こっているのは大量のコンテンツ消費と、著作権侵害である。
これはまったくその通りだ。だが真の問題は、これは大衆が無意識的に欲した現実逃避だったからこそ成り立っているという点につきる。

消費という活動は対価さえ払えれば誰でもできる。ましてインターネットリソースと言うのはパソコンと接続料と時間さえあれば無限に手に入る。さらにパソコンと接続料を必ずしも自分の懐から支払う必要がない(家族等の同居人が払っていればいい)のだから、極端な言い方をすれば収入がなくとも行える消費活動だ。

さて、人は得たリソースをどうするか?

  1. 同じリソースを既に知っている人と話す話題とする
  2. 知らない人に教えることで、話す機会とすると共に以後の話し相手になってもらう
  3. 不特定多数に流布させることで、1.を発生させる機会を増やす
細かいことを言い出すときりがないが、大概はこのどれかに含めることができるのではないだろうか。このうち2.と3.はその方法によって著作権侵害を引き起こす可能性がある。特に「本来ならば対価を払わなければ得られないソース」を他者にも消費してもらう場合に、著作権侵害が発生する可能性は非常に高くなる。もっとも、これを理由に著作権侵害を発生させる人間は入手する時点で著作権侵害を引き起こしている可能性もかなり高いが。

既にあるモノを広めるために必要な能力は、自分でモノや話題を作るよりはるかに敷居が低い。そのため、自分自身に価値創出の馬力がない人間は必然的にその方向へ逃げる。それが結果として著作権侵害という問題を起こしているに過ぎない。

「人間の本質はコミュニケーションである」と言ったのが誰かは知らないが、この言葉はある程度の市民権を得ている。コミュニケーションとは共感の可能性だ。つまり「ああ、こいつは私と同じようなことを感じている」という安心感を得るための手段と言える。それによって人は独りではないという実感を得、それによって孤独感から解放される。皮肉にも人間にとってこれは麻薬的感覚であり、一度得るとなかなかやめられないものだ。

インターネットリソースの消費によって得られた話題は同じくインターネットリソースを消費する者との共感を引き起こしやすい。インターネットはメッセンジャー掲示板、SNS等によって「意思伝達する手段」も同時に提供しているため、よりそのヒット率は高くなる。

人と連絡を取り合う方法が目の前にいる人間と会話するしかなかった前時代、見知らぬ人から人として認められるためには年齢や立場相応の能力と実績を示すしかなかった。そうしなければそもそも共感の材料である話題の共通性が得られなかったからだ。もちろん同郷だとか学校が同じだった等の理由が話題になることもあるが、それは基本的に「異境の地」でのみ可能な共感であり、故郷に帰ればたちまち埋もれてしまう弱いリソースだ。そうした偶発性にとらわれずに孤独から解放されるには「誰かと同じ前提を持つ」ことを能動的に行うことがどうしても必要だった。それは流行を追うことだったり、毎朝ニュースに目を通してから会社や学校に行って人と会うことだったりした。今はそれに「インターネットリソース」が加わり、それが同時にコミュニケーションツールと場まで提供してしまった。それが結果的に人を安易な方向へ流した。ただそれだけのことだろう。

インターネットがもたらした「情報入手の容易性」は「情報を入手するために必要な労力の基準」を大幅に下げた。その結果「一定以上の労力を費やさなければ得られない共感材料」に挑戦する人を希少にしたのではないか。それによって「苦労して社会に所属しなくても、僕らにはインターネットという共感の場があるからここでいいや」という妥協に繋がった側面が少なからずあるのではないか。そういう意味では人はインターネットという可能性によって、人は他者よりも努力することが報われる明確な差別要素をひとつ失ったとも言える。弱いもの同士慰めあう機会が大幅に増えてしまった結果、それに甘んじることを許す幅を広げてしまったということだ。

そのことの是非は、この場ではあえて問わない。ただの「昔は」発言になってしまうからだ。インターネットが怠惰の入り口として機能しないよう抑制する方法は未だ見出せていない。怠惰は大衆にとって欲の一面であり、その抑制は強き人間による自発的意志か、さもなくば強制によってしか行えない。そして今のところ強制を設ける具体的手段はないからだ。

この仕事は、この時代が歴史と化す次の時代に行ってもらおう。
大丈夫、人は死んでも減っても滅びはしない。もうそれだけでいい気がするんだ。